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法律の勉強をしていて「もっともすぎる意見が通らないのが法曹分野」と言う元も子もない感想を抱くようになりました、皆様いかがお過ごし?
これは法学の理論的なところに対する感想でもあり、司法システムに対する感想でもあり、オレ何で法学部に進学したんだろうと、この数年をひっくり返すような疑問を抱えつつ勉強と合説やセミナー参加している今日この頃。今日は裁判官のお話。


要するに裁判官はまともに
一般的な感覚も多少はもって、妥当な判決を下してくださいってこと。
100人の悪人を無罪にしても - 迷子のぬこ


さて裁判官の評価は案件をいくつ処理したかによって評価されるところが大きいとされている。裁判官の独立を守り公正な裁判を行うための特別な給与体系が用意されているにもかかわらず、その評価のされ方は裁判の内容ではなく数でされるという矛盾が存在しているわけだ。数をこなすためには刑事裁判の中心は警察が予め取っておく調書中心にならざるをえず、新たな証拠を取り上げたり反証を検証せず進められる場合が多いと聞く。
このような状況下では裁判官は有罪を下す方が楽に決まっている。被告人側が無かったことを証明することの困難さは言うまでもなく、裁判官の無罪の確信を得ることなど皆無と言っていいだろう。現実に起訴されれば99.5%までは有罪判決が下る。

さりとて全て裁判官・裁判所が悪い、と言えばそうではなく、そもそもの司法制度の歪みの問題でもある。元々合格者が非常に少ない司法試験であるが、自由にその後の進路を選べるわけではなく成績上位者にのみ裁判官の道が開かれている。故にその人数は限られ、全ての裁判所を併せて3000名前後と余りにも微々たるものである。これだけの人数で国内の民事刑事全ての訴訟の面倒を見ることになるのであるから、数百件の案件を同時に抱えていることはざらだと言われている。裁判官の質という確保すべき条件があるとは言え、これは裁判という重責を担わすには余りにも仕事の件数が多すぎやしないだろうか。
その結果の一つとして、先に述べた効率的な裁判の要求とそれによる調書裁判、起訴99%の有罪率という現状が存在している。

慎重な裁判を行うためには質を維持した増員と評価システム改善、弁護士経験者からの裁判官登用と言った法曹一元化論(議論されるべき点は多いが)などなどそれを改善するための司法改革や提案があるが、改革は遅々として進まず新司法試験も余り評判がよろしくないのは知られている通りである。(個人的にも人員の問題で学部生の講義数が影響を受けまくってる点が非常によろしくない)

「裁判とは真実を明らかにする場所ではなく、とりあえず有罪無罪を判断する場所だ」

映画「それでもボクはやっていない」の中での主人公のセリフであるが、裁判所がこの言葉を覆せる日は来るのだろうか……


珍しくはづきが真面目なことを書いてた&夏に冤罪と司法システム関連の講義を受けてて割と興味があったので思わず書いてしもうた。冤罪に関してはまた書く機会があれば書きたいなあって、ギギギ結局今日も何もしてないよう……

ちなみにこの映画はワケワカラン司法界の実情を知るのにもの凄くお勧め(教授談)なんでレンタルでもいいので見てみてちょ。
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